不安ごととはあまり関係のないことと記しているようだ。でも構わない。なんでもいいのだ。 ダラダラと書く。不安と言えば少々不安だし。
勤めていたころはさすがに深夜起きているわけにはいかない。仕事をしている昼間が大変。しかしある事情で上京して以後しばらく仕事がなかった。そんなときまた深夜族に戻った。ビートたけしや中島みゆきなどがやっていた時代だ。1980年代。もうほとんどを忘れてしまったが、たしか深夜の三時から明け方までやっていて、日曜日だけが3時で放送終了だった。他の時間帯にどんな放送がされていたのか記憶はすっかり消えている。
ここで記したいのは日曜深夜のことだ。日曜日だけはどの局も三時に放送が終了してしまうのでこれがなんとなく寂しい。なにかが鳴っていないと仕事が捗らない----ような気がする。それで無駄だと思ってもダイアルを回してみる。するとどこからか放送が入ってくる。それが時にはあの国の妙な放送だったりするが日本の放送もあった。
いずこか知れぬ遠いどこかで放送を続けているところがある。三時で全国的に終了するのではなかった。多分電離層との関係で割とはっきり聞こえたり雑音にかき消されたりして頼りなげに聞こえてくるが、それ自体が自分にはちょっと神秘的な体験だった。もしかして時間ずれでタイムマシンのように聞こえてくるのか。まさか、でも、そんな感じの聞こえ方だった。
男性のキャスターなのかアナウンサーなのかが葉書を読んで割と明るい声ではしゃいでいた。都内の放送ではない、ずっと遠いところ。もしかして名古屋あたりだろうか。もっと向こうか。あの当時は大阪だって日曜日は終了していたはずだ。自分は大阪にいたのだから。
とぎれとぎれに聞こえる放送を、その内容を真剣に聴きとろうとしても明瞭には聞こえない。とにかくなにか言っている。例えていえば、どこかで遭難してあちこち連絡を取ろうとするが、苦労してやっと朧気な人の声が入ってきた。しかしそれもすぐに消えかかる。そんな感じだった。
当時はイラストの仕事をしようと思っていた。自宅で見本を描いて雑誌社などをあるくつもりだった。今から思えば笑い話程度のものしか描けていないが当時はわからない。眼ができていないのだ。が、ともかくそんな毎日を送っていた。朝五時ごろに寝て昼過ぎに起きていた。安い四畳半で溜め置きのトイレがやたらと臭う環境だった。つまりそんな状態で東京のスタートが始まった。
あの時代のラジオは友達だった。今はほとんど聴くことがない。ただ深夜の習慣だけが消えない。

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