2025年11月20日木曜日

深夜族に人権はない--1

深夜族という言い方はちょっと誤解を招くかもしれない。自分はそもそも勝手にその習慣に染まった人間だが、それでも母を介護していた時は昼型だった。と言うよりそもそも睡眠は十分にとれず、さらに病院や介護機関との関係でどうしても朝や昼間は行動できるようにしておかねばならなかった。


それより前、 自分には仕事がない時があった。不況だったし年齢的に普通に常識的に雇ってもらえる確率が少なかった。確率が高かったのは深夜勤務だ。雇ってもらえればどこでもよかった。物事には優先順位と我慢の順位がある。前にもちょっと書きかけたが、深夜に働く人もあるから世の中はどうにかなっている。しかし、自分も体験者だから言わせてもらうが、深夜勤務の人間にはかなりのところ人権はない。

深夜働く人は当然昼間眠るのだ。私の場合も23時からの勤務だったので夕方過ぎに起きてあれこれと多少のことをやって22時ごろの電車にのって通う。朝の電車に乗って帰宅する。慣れればそんな仕事も悪くはないだろう。

ただし、周りが静かであればの話だ。

2025年11月16日日曜日

睡眠時間をどうにかしようと思うけれど--2

不安ごととはあまり関係のないことと記しているようだ。でも構わない。なんでもいいのだ。 ダラダラと書く。不安と言えば少々不安だし。


勤めていたころはさすがに深夜起きているわけにはいかない。仕事をしている昼間が大変。しかしある事情で上京して以後しばらく仕事がなかった。そんなときまた深夜族に戻った。ビートたけしや中島みゆきなどがやっていた時代だ。1980年代。もうほとんどを忘れてしまったが、たしか深夜の三時から明け方までやっていて、日曜日だけが3時で放送終了だった。他の時間帯にどんな放送がされていたのか記憶はすっかり消えている。

2025年11月13日木曜日

睡眠時間をどうにかしようと思うけれど--1

だから、睡眠時間を調整しようと思い立った。いや、そんなことは毎度やっている。少々無理して早い目に起きて、ということは睡眠時間が短くなるのだがとりあえずはやむを得ない。あるいは逆に多少の無理をして睡眠時間を後にずらす。


どっちも簡単じゃない。言えることは、せっかく昼型に戻してもすぐに夜型に戻ってしまうことであって、これは若いころから夜更かしが日常であったせいもあるだろうと思うが、自分は夜の神秘が好きなのだ。

神秘などとはもう今では笑い話。夜でも寝ない連中が普通に存在する世の中では神秘などというものはないが、これはしかし昼間のキラキラした明るい雰囲気ではオカルトは語りにくいのと同じであって、つまり夜はその性格を持っているのだ。

ラジオの深夜放送を多くの人が聞いて育った。オールナイトニッポンがあったし夜ともがあったし、関西にもABC電話リクエストとかアナウンサーコーナーなどというのがあって、ガキの頃はだいたいそれを聴いていた。あの当時は夜中の三時で放送は終わるのだが、それを聴いてから眠ったのだ。さりとてすぐにぐっすりというわけにもいかず、グズグズと寝るか寝ないかの状態で朝を迎えたと言ってよい。そんなで学校へ行っていて、教科書で頭を隠して寝ていた。そりゃ成績も振るわない。でも、学校の成績など自分にはどうでもよかった。あの嫌な教師連中から蔑みでみられるのが精々だったがそれさえ自分にはどうでもよかった。

つまりそんなガキたれが大人になったのだから、日常だって吸血鬼みたいなものなのだ。

2025年11月11日火曜日

寝落ち

いつの頃からか、目覚めが快適じゃない。なにか取り残したような、不安ともなんとも言えぬものに包まれている。何かが気がかりというか、つい考えてしまうが、別に不安視するほどのことは事実上はないのだ。


心当たりと言えば、 まあないこともない。既に若くはないし色々問題は抱えている。いつまでこうしていられるかということもある。でもそれは世間の概ねにもあることであって、特に何かが不安というでもない。

若いころは苦労した。仕事の面でもあまりパッとしなかったし使ってもらっている事業所でも良い関係は築けなかった。何より金銭面で辛かった。親が借金を抱えていた。自分は仕送りをし、毎日が黒雲に乗っかかられているような感じだった。

でもその多くは片付いた。今はむしろ気楽な状態だと言える。なのに、なぜだろうか。

これについて、もしかしたらの記事をどこかで見かけたことがある。それは寝落ちだ。自分はいつの頃からか寝落ちでなければ眠れな人間になっている。

寝落ち…なんだろうかこれは。つまり眠りにつくときに明かりを消して、ちゃんと寝るということができなくなった。何かの本を読みながら、いつの間にか寝ている状態だ。明かりを消して寝るぞという意識になると眼が急に冴えてくる。これを改善できないままだ。

当然明かりが灯ったままだ。枕もとの薄暗いランプ。人は真っ暗な状態で眠れない条件が続くと気持ちが鬱っぽくなってくると。

もしかしたらと思うのだ。

2025年11月8日土曜日

挨拶をしない人が増える

いつの頃からか、以前見なかった人を見る。まったく知らない顔。最近越してきた人たちだと思う。朝のゴミ出しで何度か遭遇する。ゴミ置き場はこの集落には二か所あっていくつかの班に分けて利用している。だから、ここを利用している人なら近くの隣組のどこかになる。新しい顔を三人見る。


近隣であればすれ違えば誰彼なしに挨拶をしている。そういう習慣だ。当たり前だと思う。ぶすっとしている方が気まずい。だが、しない人がある。 こちらが声を出して挨拶しているの無視されるのはとても不愉快で気味が悪い。そういうのが三人ほど居る。

三人のうち異様な主婦がいる。ぶすっとしたまま無視は無視なのだが、その雰囲気が異様だ。小太りで世間に文句があるように顎を突き出して歩いている。薄目で睨むような目つきでニコリともしない。いったい毎日の何が不満であんな顔つきになるのか、すれ違うたびにそう思う。まだ暗がりの早朝にいきなりで遭遇するとギョッとする。あんなのがもし隣りだったら…。亭主はどんな奴なのかとかつい思ってしまう。

他人は他人で知ったことではないが、戸建ての弱点はそこだな。せっかく住宅ローンで手に入れても隣りがわからない。購入時にそれなりの用心をしても途中で入れ替わることがある。隣人のトラブルは時に事件に発展する。理由もなくまるで𠮟りつけるようなものの言い方で初対面なのに絡んでくる町内のおばさんのことを以前書いたっけ。何らかの情緒異常と思えるが、こういうのは町内には一人か二人は居るものなのだ。

大体時間がわかったので、その主婦と遭遇しない時間にゴミ出しをしている。それも面倒と言えば面倒だが、異様なものからは努力して遠ざかる。