間に話を入れてしまった。例の女性のことがあったので一応は記録して置きたかった。現実にはあの通りだ。どうやら虚言性めいた女性であることは間違いないようだが、それにしても飲み友達は居るしで、妙な世界だと思う。
話を戻そう、空間から髪の毛が出現する奇妙なアパートの話だ。都電の巣鴨新田駅から歩いて数分の、一階に大家一家が住まいし二階の二部屋を貸しているがベランダに面した方を私が借りていて隣りはまだ空き部屋になっている。大家一家、つまり亭主とカミさんは何らかの商売をしていて昼間は仕事に出ている。家に居るのはドスの効いた野太い声を出す--多分娘--と思われる女性ひとりだった。
尤も、これは推測であって違うかもしれない。静かな別の人が居たかもしれない。が、気配はしなかった。息子と思われる人もあったが昼間は勤めに出ているようだった。
沢山の野良猫を餌付けしていて、なかり人懐こいのも何匹かいた。しかしそれらの猫はある時急にいなくなり、微かに物の焼ける臭いと煤がどこからか入ってくることがあった。
ここまでが一応のおさらいだ。
煤は実際に困ったものだった。私は図面を書いていたのでこの上にいつの間にか乗るのだ。どんなに締め切ってもどこからか入ってくる。煤の形は紙を縒った感じであって随分細い。長さは長いもので精々一センチ程。しかし紙の上に乗ればはっきりわかるし、うっかり擦ったら黒く汚れる。かなり神経質になった。ちょっと様子が変だなとは思いつつ、それがやや?になりかけた時分だった。
ドスの効いた娘の声は時折聞え、確かに誰かに怒鳴っている。相手が誰かは知れない。家の中の誰かか、それとも近所の人に向かって怒鳴っているのだろうか。なんと言っているかははっきりしない。怒鳴り声であるし発音もはっきりしない。もし隣近所にこんな怒鳴り声を発するのは、あの騒音オバサンを連想させる。尤も騒音オバサンはもっと時代が下るのだが。
しかし、あるときそれが判明した。この敷地には納屋だと思っていたブロック造りの建物があり、そこにどうやら年配の女性がひとり(もしかしたらふたり)暮らしているようだった。建物は非常に細長くて狭い。推測すると畳四枚を二畳幅で細長くしたような形だった。小さな窓ひとつあって、そこに明かりが灯っているのを知った。
その年配女性をまだ目撃した訳ではなかったが、雰囲気として推測された。もしかしたらその女性に怒鳴っていたのだろうか。
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