私は階下の異様な存在、つまり大家の娘と面と向かったことはない。遠目で眺めた程度で顔ははっきりとは見ていない。いつも上下黒っぽい服を着ていた。振り乱したようなゴワゴワの髪の毛、太り気味で物凄く短気なようだった。 たまにセールスが訪れると激しい剣幕で追い返されていた。セールス相手にはそれで良いがやたら滅多らは困る。いつこちらに向いてくるか知れない。
引っ越しは完全に失敗だった。こんな状態で長くは住めない。髪の毛のことではない。不気味は下の娘だ。もうとっくに大人だ。多分仕事には出ていない。一日家に居る。だから、時には私と二人だけになることがあり得る。
まだ三ヶ月しか経っていない。越せばまた礼金を無駄にする。それはわかっていたがそろそろ転居を考え始めた。礼金は2ヶ月分だから、十万近く無駄にする。痛いことだったがやむを得ない。外食のついでにあちこちの不動産屋の張り紙を覗くようになった。
ある夜、外で犬が走り回ってキャンキャンとうるさいことがあった。どこかの飼い犬が離れていたのだろうか。あちこち走り回ってなかなか静まらず、眠れないので外へ出てシッシッと追い払った。そこを目撃された。娘は猛然と怒鳴り込んできた。押し殺したような声だが激しく私を詰った。意味はあまりわからない。どうやらお前は動物を虐待する悪いやつだと言っているようだった。夜中の3時頃だった。
夜中ですよというが、娘は収まらない。その時初めて身近に顔を見た。子供の頃に何処かで見た獣の顔に似ていた。近所が知らぬ顔をしているのは、きっと触らぬ神のなんとかだったのだろう。
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