隣人は、時として恐怖だ。隣りに恵まれるか否かで私たちは誰でも人生を終了させてしまう可能性がある。そして、本当の原因が何なのか、他人からはほぼ見えない。厄介な相手と偶然関わってしまった恐怖というのもある。その手のホラー映画は多いが、実際誰でもその類の恐怖を味わう可能性があるのだ。
隣人で最も怖いのは犯罪さえもやりかねない素性の人間が住んでいた場合だ。個人がどんな趣味を持っていようが己の領域内でやってくれるなら何の問題もない。趣味は多様だ。私がここで言っているのはそういことではなくて、常識から外れた人間と隣り合わせて突然被害を被り始めた場合だ。
仮の話だが、ある日突然隣人がうるさい犬を飼い始めた。その日からけたたましく吠える犬の声を浴びるようになった。また、ある人は猫に餌を巻くようなことを突然やり始め、その癖他のことは何もしない、つまり糞の始末や近所への理解を求めずに、やがては野良の子猫を増やして、永久に同じことを続けて、あなたも動物に理解のある優しい人間になりなさいと高みから諭し始めたら。
被害に遭っているのが複数いればまだしも、それが自分一人であったら誰がその辛さを理解するだろうか。そして積み重なった憤懣が遂には----と言うことがあり得る。このような場合、世間もメディアも決まって爆発した方をやっつけに回ってしまうものだ。日常が平穏であれば何等の変化もなかったであろう人が犯罪者になってしまう可能性はどこにでもある。
ばかりではない、面倒くさい宗教団体の人と隣り合わせたら、そしてしつこい勧誘をかけてきたら、最初はやんわりでもあまりのしつこさに激怒することになり兼ねない。そこからトラブルが延々と続いてしまうことなど、実は珍しくもないと思う。
人間は追い込まれるとどうなるか知れない生き物なのだ。思い出すではないか、そう言えばあの話もこの話も、実際はどうだったのか、世間で言われていることが本当なのか。
そこから逃げさせれば----そういう人は居る。でも、実際逃げだせないから事件は起きるのだ。
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