テレビのドキュメンタリーだったと思う。中国の山で遭難して奇跡的に下山してきた人の話だった。ナレーションを、仕事をしながらぼんやり聴いていたように思う。
その時に気になる話をしていた。もう限界に達して、本人は思ったそうだ。もういい、もういいんだ--と。何度も諦めかけた。そのときにもう一人の自分が突然自分から抜け出して眼の前に現れた。そのもう一人がやたらとうるさく励ます。その度にまた身体を動かして、結局手足を凍傷で切断することにはなったが奇跡の生還を果たした。
これは非常に興味深い話だった。極限に至った人間には時としてこのようなことがあるのかも知れない。そんなとき、私ももう一人の自分を見ることがあるだろうか。山の中でなくても遭難者は様々な幻覚を見るという。これもその類の話なのか。しかし知る限り、それらの話とも随分違う部分がある。第一目撃したのはもう一人の自分だ。そいつが自分を励ます。諦めるな諦めるなと…。今まで見知った限り、その類の幻覚を見た人は居ない。
確か、中国のミニヤコンカという山で遭難して、凍傷を負いつつも奇跡の生還をした人の話があった。そのことを知ったのはかなり後だったと思うが、あのドキュメンタリーはこの人の話ではないかと思っていた。しかしどうやら違っているかもしれない。
最近その本を購入して読んでみたが、私の記憶にある話はどこにも書かれていない。もう一人の自分の話だ。僅かに似た個所はあるが、それは行動を共にして、下山途中ではぐれた別隊員の声だった。勿論幻聴だった。隊員はその後遺体で発見されている。
思い込んでいたものが後で確かめて違っていたりすると妙な気分になる。実は私にはそういうことは何度かある。案外自分も思い込みやすい性格なのかも知れない。